こんばんは。
「生きづらさ」の鎧を脱ぎ、楽で自由になるカウンセリング。
心理カウンセラーの野内みちるです。
カウンセリングでよく扱うのですが、一見似ているけど、ゴッチャにすると人生がハードモードになる考えというのがあります。
今日はその1つ、「相手にも一理あると思うこと」と「相手の一理に自分が従うこと」の違いについてご紹介してみたいと思います。
今日の記事を読んでいただくと、
〇仕事は上司や同僚からすごく評価されている。ただ、家に帰ると疲れ果てて、布団に行く気力もなく、床に転がって寝ている…。休日はずっと寝ている…。
〇別に人が嫌いとかではないし、むしろ人からは良く思われることが多い。ただ、人といると何だか緊張するし、何だか疲れる。人と会った後に一人になるとホッとする。自分一人の時間が絶対に必要だし、パートナーはほしい気もするけど、これじゃ、一緒に暮らすとかストレスかも…と思う。
上記のような、相手の望むことや言わんとしていることを察知する能力も高く、気の利くタイプのあなたが、楽に幸せに暮らせるためのポイントがわかると思います^^
気の利くタイプは、「あること」ができないと疲弊する
カウンセリングで多くの人のお話をお聴きします。
私のカウンセリングに来て下さるクライアントさんは、
〇ものすごく気が利くタイプ
〇相手の立場に立ってみるということが息を吸って吐くようにできる
〇仕事がすごくできる
〇人から信頼される
というタイプが非常に多いのです^^
※クライアントさんから許可をいただいて、ブログにご感想を掲載しています。
もしかしたら、これを読んで下さっている人の中には「えっ、私は違うけど…」と思われる方もいるかもしれませんが、カウンセリングは受けていなくても私のブログに興味を持ってくださっている時点で、上記の要素を持たれている可能性は高いかな~と思います^^
こういうタイプは、人から信頼され仕事なども任されたり評価される場合が多いのですが、あることができないと、自分が疲弊するという問題を持っていたりします( ;∀;)
そのあることとは何かといいますと、今日のテーマである
「相手にも一理あると思うこと」と「相手の一理に自分が従うこと」の違いを理解すること
です。
「相手にも一理あると思うこと」自体は苦も無くできるけど、自分の気持ちはどこへ?
気の利くタイプの方は、「相手がどう思っているのか」を無意識にフォーカスしています。
(フォーカスしていないと気の利く行動はとれないので)
相手の事情や立場や思い。
そういったものを相手の立場に立って理解すること自体は苦も無くできる方が多いです。
(「相手にも一理あると思うこと」自体は苦も無くできる方が多いです。)
ただ、それがあまりにも強くなると、
自分の気持ち<<<<<<相手の気持ち(相手の一理)
と自分の気持ちが置き去りになってしまうことがあります( ;∀;)
自分の気持ちが置き去りになるとは?パートナーシップ編の例
例えば、あなたのパートナーが「今日は疲れているから、自分の家で会おう」と言ってきたとします。あなたはどう思うでしょうか?
「彼は疲れているんだな。最近新しいプロジェクトの担当になったと言っていたし、平日は帰るのが遅いのかもしれないな。そしたら、疲れて家から出たくないというのは無理ないよな」と相手の一理を理解できるでしょう^^。
その時に、「わかった^^じゃあ、あなたの家に行くね。何か食べるものも作っていくから」のように、無意識に相手の一理を前提として自分の行動が自動決定していないでしょうか?
別に、相手の家に行くのがダメなわけでも、食べるものを作っていってあげるのがダメなわけでもありません(むしろ、素敵な彼女ですよね^^)
でも、ここで超重要事項は、自分のほうがどうしたかったのかということなのです。
自分のほうは元気なのか・疲れているのか。余力があるのか・ないのか。彼の家に行ってまで会いたいのか・それとも自分の家でゆっくりしたいのか。
そういった自分のほうの気持ちはどうだったのでしょうか^^?
もちろん、「彼に会えるならそれが一番楽しい!是非行きたい!」というのだったら何も問題ないと思うのですが、自分の気持ちをチェックする前に、無意識に相手の一理に全力で合わせにいってしまうという場合もあるかもしれません(相手の一理に自分が無意識で従ってしまう)。
自分の気持ちが置き去りになるとは?お仕事編の例
仕事であれば、同僚Aさんがミスをしてそのリカバリーで仕事が多くなっているとします。
Aさんはあなたに「B案件の会議出席お願いします」と仕事を依頼してきたとします。あなたはどう思うでしょうか?
「A案件のミスのリカバリーで仕事が多くて大変なんだな。確かに、あのリカバリーには3日はかかるし、その間に、B案件の会議と資料作成もあるからな。そしたら、B案件を丸ごとこちらでやったほうが効率が良いものね」と相手の一理を理解できるでしょう^^。
その時、「わかりました。ついでに、まとめてやったほうが効率が良いので、B案件の資料作成も一緒にやっておきます」のように、無意識に相手の一理を前提として自分の行動が自動決定していないでしょうか?
別に、同僚の手伝いをするのが悪いわけではありません(むしろ、協力的なナイスな同僚ですよね^^)
でも、ここで超重要事項は、自分のほうがどうしたかったのかということなのです。
自分のほうは元気なのか・疲れているのか。B案件を抱えられるほどの余力があるのか・ないのか。
そういった自分のほうの気持ちはどうだったのでしょうか^^?
もちろん就業時間内に回せるぐらい余裕があるなら何も問題ないと思うのですが、自分の気持ちをチェックする前に、無意識に相手の一理に全力で合わせにいってしまうという場合もあるかもしれません(相手の一理に自分が無意識で従ってしまう。そして、自分のほうが大量残業になることも…)
「相手にも一理ある。でも、私にだって一理ある。」
こういったことが続くと、自分がものすごく元気な時は良いのですが、自分もしんどい時になったら何だかモヤモヤしてしまうこともあるかと思います(それは当たり前ですよね^^)
こういう方は、是非、以下のことを覚えておいていただければと思います^^。
〇「相手に一理あると思っても、自分の気持ちも大切にして良い。」
〇「相手にも一理ある。でも、私にだって一理ある。」(※)
※ちなみに、これは、クライアントさんが残した名言です^^
気の利くタイプのあなたが、楽に幸せに暮らせるためのポイントは、相手の一理だけではなく自分の一理も大切にすること(自分の気持ちも大切にすること)と思います^^
まとめ
一見似ているけど、ゴッチャにすると人生がハードモードになる考えとして、今日は「相手にも一理あると思うこと」と「相手の一理に自分が従うこと」の違いについてご紹介しました。
この違いは、
「熊本市内で応援メガホンを持って2mのくまモンに会うこと^^」
と
「北海道の山中で丸腰で2mのヒグマに会うこと( ;∀;)」
ぐらい違います。(ちなみに、私はくまモンオタクなので、くまモンは大好きですが、生のヒグマはご遠慮したいです(笑))
今日のお話をもう少し詳しく知りたいなと思われた方は、「自分も相手も楽で自由な世界」へのお引越しに役立つプレゼントも用意しています^^
よかったら、以下も参考にしていただけばと思います^^
コメント