「与える」と「犠牲」の違いについて

気持ちを楽にする心理学

こんにちは。心理カウンセリングを勉強中の野内みちるです。

今日は、違いが分かると、随分と楽になるのではないかと思い、「与える」と「犠牲」の違いについて考えてみたいと思います。

ちなみに、私は、「与える」については、まだ、スターウォーズで言うと白い雑魚キャラ(えっ?)レベルかもしれませんが、「犠牲」については、スターウォーズのヨーダのレベルと自負しております(何の自慢にもなりませんが。笑)。

「与える」とは?「犠牲」とは?

「与える」とは、ここでは、一般的な意味でなくて、「相手が喜ぶことをしてあげて、このことに自分が喜びを感じられる状態。相手からの見返りは求めない」と定義します。私の場合の例ですと、実は、このブログを書くことそれ自体がすごく楽しくて、拙い文章ですが、読んで下さる方の役に立てたらと思って書いています。もちろん、見に来て下さる方もまだ全然少ないのですが(そんな中、このブログを読んで下さった方、本当にありがとうございます!)、それでも、書くのが楽しいなと今は思っています。

「犠牲」とは、「誰かのために、自分が幸せではない行動を採ること」と定義します。つまり、誰かのために、本当はしたくないけれどしていることや、仕方なくやっていることと言えるかと思います。

「与える」と「犠牲」の違い

この「与える」と「犠牲」は実際の行為としては、誰かのために何かをするという意味では同じと考えられます。

ですが、自分がどういう意図でやっているか・どういう感情を感じるかが異なります。

なので、人にいろいろしてあげて、すごく疲れるなとか辛いなと感じている方は、自分がしていることが、「与える」になっているか、「犠牲」ばっかりになっていないかをチェックしてみていただけると良いのではないかと思い記事にしてみました。

「犠牲」ばかりと気づいたら

まずは、気がつくことがとても大事ではないかと思います。そして、ずっと頑張ってこられたのではないかと私は思います。

なので、自分の大切な友人に接するように、自分に接する、自分を大切な存在として扱うということを、もしよければ考えてみていただければと思います。

まとめ

「与える」と「犠牲」の違いについて考えてみました。今日も読んでくださってありがとうございました。何かご参考になることがあれば、とても嬉しいです(^^)

コメント

  1. […] 先日のブログで、「与える」と「犠牲」の違いについて書きました。そこで、「犠牲」ばかりしているなと気づいた方に向けて、「自分を大切な存在として扱うということを、もしよければ考えてみていただければと思います」と書きました。 […]

  2. […] […]

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