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こんにちは。
「生きづらさ」の鎧を脱ぎ、楽で自由になるカウンセリング。
心理カウンセラーの野内みちるです。
今日は、「ずっと不安で安心感が手に入らなかった人の才能とは?」ということを考えてみたいと思います。
ずっと不安で安心感が手に入らなかった。
子どもの頃からずっと安心感が欲しかったけど、親や家族も与えてくれなかった。
そういう方もいるかと思います。
そんな「ずっと欲しかったのに手に入っていないもの」について、私が学んでいる心理学・カウンセリングには、以下のような不思議な格言があったりします。
「ずっと欲しかったのに手に入らないものは、あなたが他人に与えに来たもの」
そう考えると、ずっと不安で安心感が手に入らなかった人の才能とは「安心感」を他人に与えることと捉えることができるかもしれません。
しかし、そう聞いて、
〇「なるほど~。そうだね~(*^-^*)」
〇「確かに。それは自分が他人に与えに来たものだね(*^-^*)」
と思える方は、なかなかいらっしゃらないのではないかと思います(;^_^A。
私も昔、最初にこの格言を聞いた時は、
〇「なんで自分がずっと欲しくて手に入らなかったのに、他人にあげなきゃいけないんだよ( ゚Д゚)」
〇「なんで自分がもらっていないのに、自分ばっかり他人に与えるとかそんな損な役回りしないといけないんだよ( ゚Д゚)」
という超お怒りモードでした(←血気盛ん 笑)。
なので、もし、これを読まれた方の中に、同じようなことを感じている方がいらっしゃったら、お気持ちは私なりにですが、とても良くわかる気がします。
今日は、この格言の意味をどう理解したらいいかについて書いてみたいと思います^^
求めても求めても得られなかったからこそ、その貴重さ・ありがたさが心底分かる
例えば、「安心感」がずっと欲しかったけど手に入らなかったWさんがいるとします。
子どもの頃からWさんの家族はしょっちゅう大暴れ、ハードな暴力も日常茶飯事。
そんな中にいたから、Wさんはずーっと心底、「安心感」を欲していたんですよね。
一方、平和的な家庭に生まれたPさんがいます。
家族は仲良しでいつも穏やかです。
Pさんにとって「安心感」は当たり前のものですね。
さて、Wさんにとって望んでも望んでも手に入らなかった「安心感」。
Pさんにとっては意識にも上らないくらい当たり前のものとしての「安心感」。
そう考えると、PさんになくてWさんにあるものは、「安心感」の価値・重みではないでしょうか?
〇「安心感」があったらどれほど良かったか
〇「安心感」がどれほど大切なものであるのか
〇「安心感」がどれほど人の心を伸び伸びとさせるのか
〇「安心感」がどれほど人をあたたかく励ますものなのか
それは「安心感」を求めても求めても得られなかったからこそ、心底分かることではないでしょうか。
それは、飢えた経験があるからこそ、初めて食べ物があることの貴重さがわかるということと似ているかもしれません。
順番も大切
さて、ここまでは「安心感」を求めても求めても得られなかったWさんだからこそ、「安心感」の貴重さ・ありがたさが心底分かるということを書いてきました。
ここまでは大丈夫だったとして、次の「それはあなたが他人に与えに来たもの」の部分はどう理解したらいいでしょうか?
私は、以下のような順番が大切ではないかと思います(*^-^*)
まず「安心感」を感じられる環境を自分に与えてあげて「安心感」を享受する。
今まで安心感がなかった中で、それでも頑張ってきた自分の頑張りやプロセスをちゃんと承認する。
ネガティブな思いを癒す。
↓
自分が満たされて元気になってきて、「安心感」を他の人にもお裾分けしたいな~と思ったら他人に与える。
それが「安心感」という才能になる。
めちゃめちゃ飢えている時、食べ物の大事さは確かにわかるけど、それを他人に与えよって言われたら、抵抗したくなるかと思います(自分が飢えているから)。
でも、自分がお腹いっぱい食べて元気になった時だったら、「食べ物がないのは辛いよね」ということも心底分かるから、喜んで食べ物を他人に与えてあげたくなるのではないでしょうか(*^-^*)?
【参考記事】

まとめ
今日は、ずっと不安で安心感が手に入らなかった人の才能のは安心感では?ということを「ずっと欲しかったのに手に入らないものは、あなたが他人に与えに来たもの」という格言の意味から考えてきました。
何か参考になりましたら、とても嬉しいです^^

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